2016年9月9日金曜日

9月7日インターン生日報

97
地域おこし協力隊
何 勤

 ヨモギさんの一日。
 
鳥のスープ料理を中国語を話せる店に持って行く、話して、朝ご飯をごちそうしてもらった。「老板娘」(ろォばぁんりゃん、女のボス)は三人の中国人娘がいるので、地図を見ながら結構話した。いい観光地とか、農村とかなど。

複数なトンネルを通って、ヨモギさんの家前についた。
山に囲まれている国道の横に、赤い屋根の二階小屋が坂に立っている。自分が一階で住んで、二階では移住者体験に提供する部屋二つ、厨房、トイレ、食事や交流をする場所、ダンスの部屋などがある。
あちこちの手造り、小屋も含めて、大体ヨモギさんと友達一緒に作ったもの。横に小さいな田圃があって、野菜、山菜を好きに育てている。シンプル、温かい。
 手伝ってほしいのは一つ部屋の外に、友たちが作った縁側があって。それを白い==(名前は覚えていない)で塗る。そして、草とか書いてた。
 ご飯は沖縄風の食べ物かな、大根の漬物は懐かしい味で、全部食べた。
 
 看板を作った、ヨモギさんが器用で何でもできる。しかも早い、仕事ができるタイプ。すごい、すごい、すごい。(大事なことは三回言う、中国ではそうなっているらしい)

 そして、直子さんの所に行って。米の処置の手伝いをした。一緒にご飯を食べて、夜一時まで話した。

 自分のことを捨てずに、みなのことは全部自分のこととして考えてあげる。諦めがなく、他人に認められるから、白川村で生活がわかる。
 一日の隊員体験をさせてもらって、ありがとうございます。もし、柴原さん、長坂さん、石井さん、前盛さんの「繋ぎ」がなく、協力隊でインターン生として働いていなかったら、ただの一人大学生、一人観光者と同じだと思う。中島さん、山本さん、登さん、直子さん村民たちとの交流はそんなにできるわけがないだろう。


2016年9月8日木曜日

9月6日インターン生日報

96
地域おこし協力隊
何 勤
 
 インターン内容
 白川村通信取材
 移住者取材

 昼ご飯を食べた後て、柴原さん、長坂さんと一緒り白川村通信に載せる記事のため、荻町へ写真を撮りに行った。
 毎日、通信に載せる記事は「荻町」の日記みたく、客観的な、日々に荻町を見る視線を記録し、インタネットに発信する。
 
 白川村通信・facebook


 初めてと言っても、準備階段のことを考えず、事前勉強はしなかったら、最後の一割ができなくなっている。恥ずかしいながら、皆さんに優しく教えてもらった。
 
 午後、移住者に取材する。まず柴原さん、石井さんは示範として質問を出して、移住者と話していた、そして、自分から考えた質問を言い出す。あまり要領をうまく捕まえなく、恥ずかしかった。

 ホームページを作るため写真も取って、取材は終了した。




2016年9月7日水曜日

9月5日インターン生日報

今日の天気は雲、スケジュール予定では白川村の移住者に訪問し、取材しにいく。ヨモギさんと約束して、六時から九時の間に田圃作業をする。スケジュールを急遽変更した。

出来たこと;
登さんと出会って、登さんの家に邪魔して、朝ご飯をご馳走していただいた。
インターンのスケジュール再確認。
白山国立公園、白山平瀬登山道入口。                 

ヨモギさんの好意を受けて、田圃作業に誘われたが、寝坊してしまった。「来なくでも大丈夫、ゆっくり休んでください」といわれたが、顔を厚くして、弱音を止めて、外に走り出した。コンビニまで走って、朝ご飯を買って食べているところ山本屋のおばあちゃんに見つけられた。おばあちゃんのおかけて、作業中のヨモギさんと連絡を取れ、合流することができた。ヨモギさんはすごいので、作業もう終わった。田圃作業の様子を見えなくて、寝坊に対してすごく後悔してた。
そして、ヨモギさんの友たち直子さん、登さんの家に邪魔して、話をした。
登さんは昔郵便局で働いた、長い間ずっと外の郵便局で勤務したけど。最後の勤務場所は白川村らしい。薬を飲んでいるけど、目からわかる、元気な登さん。三十年前ぐらい、中国への研修もあって、雲南省に行った。昔の中国印象を聞かせてもらってよかった、私も今の中国の情報、自分が感じた限り更新内容を登さんと話した。方言、交通手段などなど。登さんと話をできて、白川に対する素朴な愛を感じた。それこそ、愛だろう、愛。
直子さんに「どうして白川村にきましたか」どんな経緯、目的など質問を聞いた、善意な好奇心や警備心を持っていた質問だった。
筑波大学世界遺産専攻の院生、世界遺産の勉強はもちろん白川郷荻町地区を対象として調べる、白川村では二つ授業の演習もある。頭があまりよくないので、十日間のインターンで普段出会えない白川郷と出会えると信じて、何も考えずやってきた。方向がなく、ただの知りたい気持ちを持っているが、十日間があっても。全部知らない崩すことができない現実もある。道を走って、周りを見ていた時、そう思った。

九時になって、旧花植家に戻って、まだ寝込んでいた。昼間12時になって、白川村役場に向かって柴原さんとこれからの予定について打ち合わせに行った。

インターンは大分進んできた、自分が毎日9時頃から16時頃までしか活躍するけど。柴原さんは大勢な仕事作業の中で、隙間で私を対応している。村で活躍することが可能になれる場所を見つけて、私をそこまで見送るだけでもう大変なので。現場では、自分の努力次第だな。




道が一本で国立公園である白水湖に行ってみた、雨がひどく降ると道路が封鎖されるという。雨のせいて、落石の可能性がある環境の中、自分から言う「怖いです」より柴原さんの「怖いです」はもっと恐ろしいと思う。
白水湖は雨の中、あまり見えないというか、霧に囲まれている山と湖こそ白く感じる。傘を忘れているのは残念だった。
白山登山道入口の隣、6月から11月まで。住み込んでいる人が経営している喫茶店があり、「どこの国の人?」素直な、おしゃれっていい人達。


今日はほぼ柴原さんの個人訪問といってもすぎない、様々の視点から話を聞いた。
村民と観光者の間
住み込んでいる世界遺産であることで、言語の問題はもちろん、家族のスペースを守るため、そんなに観光事業を対応する気がない人もいる。それはいい姿勢と思う。。。
村民の中にとても人と出会うゲストハウス、民宿の経営者もいるが、イベント、祭りなどの時期、観光客がすごいスピードで入れ替わるに対しての無力感もある。
 村民と行政
  合掌造り家屋の維持事業、観光者の対策検討など、長年の観光事業や民宿など、第一産業やプラント生産品が足りなくなる。
 村民と村民
  固まり意識の中、「みんな一緒に合掌造り家屋の維持頑張ろう」みたいな共同意識をあまり強く主張しすぎて、(現象の一つはアイスクリームのようなものかな)。共同意識に沿っているので、あまり自分の判断が言えない環境。
  結局、仕事を待つみたい状態になり、新仕事がなく、若者の流出。外に出た人たちは社会に対しても「私の出身は白川郷です、作業の手伝うので、何日まで帰って来ます。」もいえないし、帰っても受け入れる部分がすぐないし。
 村民と大学生
  あまり自分を中心にして、研究の目的で村に来て、ヒアリング調査をして帰る。村民がそれに対して疲れているらしい。
 
 地域おこしということはどんなこと?誰に何をどんなことを起こす?
 「というのは今回のインターンの宿題だぞ」
 「え!え!え!え~~~~~」
 「皆考えていることので、まだだれでもわかっていないよ。だから、自分なりに考えてみて、レボートにして」
 「は~~い、頑張って書いてみます。」
 と帰る道、車の中で話した。

2016年9月6日火曜日

セルフリノベーションワークショップ seasonⅡ 解体編!

こんにちは。移住コンシェルジュ石井です。

今回はインターン生のカキンくんも書いてくれた解体ワークショップについて。
9月4日に白川村の平瀬の空き家の内装解体がついに始まりました。



空き家を移住体験住宅にリノベーションにしていくための第一歩。
そろそろ作業をしたくてウズウズしていたので、ようやくこの日が来たか!といった感じです。

朝の様子。インターンシップで村に来ている何勤くんと少し会話をしてゆるりとスタートです。

内部は至って普通の家です。

まずはふすまやカーテンなどを搬出します。
間仕切りは建具だけの古い家のなので建具も結構な量でした。






そして天井の解体です。薄いベニヤをバールを使ってどんどんはがします。
埃まみれになりながら、もくもくと壊します。




壁もはがします。





お昼を挟んで続いて床です。
畳をあげて運び出します。



畳の下から囲炉裏が出て来ました。これは古民家あるあるですね。残して活用しようという話になりました。



こんな感じで休憩も挟みます。



そして、畳の下の床板をはがします。釘を抜くのに結構な力が必要です。汗だくになりながら12畳分の床板をはがしきりました。


床下には古い木材がたくさん

床をはがしたスペースは広い土間にする予定。
どんな風に変化していくか今後が楽しみです!



ワークショップの告知が遅くなってしまいがちなのですが、今後も改修の進み具合に応じてワークショップを開いて行きます。DIY、空き家の活用、田舎暮らしなど興味のある方はお気軽にご参加ください!

2016年9月5日月曜日

9月4日インターン生日報

94
地域おこし協力隊&一般社団法人ホワイエ
何 勤
 
 空き家を活用するって、簡単に無用から活用にチェンジされるか?!

今日は柴原さん、中島さんの指導について、平瀬温泉の南入口にある空き家の解体作業をやる。


準備・注意事項
ヘルメット、マクス、メガネ、手袋。
立て釘に気を付けること。

解体順番:天井板―付け梁―壁板―畳―床




最初は石井さんと自分を加えて、四人なので、早速作業開始!「釘に気を付けよう」といわれたが、作業開始ただ数分が立て、「あ~痛い~マジかよ」と足が釘に突かれた。そして、慎重テンションに入った。テレビの中みたいな解体は初めて、新鮮というか。経験がなく、自分の効率が低いなと思った。
 そのあと、女性陣二、三人もて伝いに来た。ペースも早くになってきた。ほこりが多いので、あっという間に全身ほこりが分布していた。その時よかったのは、隣に一つ渓流があって、冷たく澄まして水で洗うことができる。そのような渓流は白川村ではよくあっていいなと思った。
 昼ご飯は「次平」という店で食べた、味は優しいので、皆は平時によく来るらしい。
 飛騨丼を食べた。

 午後の作業を再開する、残りのは畳と床だ。ほこりの量が少なくになってくるつつ、自分の調子がだんだん良くなる。テンションを上げり始め、釘から板を外す快感を感じながら、みなとも一緒になって、空き家をすっきりしてあげた、そして、汗がいっぱい出て来た、すっきりな気持ちになってきた。皆と一緒にやることと、石井さん、ヨモギさんたちと出会って楽しかった。これからもよろしくお願いします。

 この空き家は、家庭単位向け移住お試し施設に改装する予定。白川村に移住定住したい人々に確かめる時期を作ってあげて、移住定住したい人に対して、村民に対してお互いに理解する間にサビースを提供するらしい。まだ、移住者に関する用途が石井さん、柴原さんが考えている。解体して改装した後の様子を楽しみ、きっとそこで頑張った人達の味が出ってくると思う。
 
 日曜日なので、村にあるスーパが定休日になっている。石井さんに北にあるコンビニまで送ってもらって、食料を買って帰った。毎日のインターンが終えて、村にある道を歩くのは日課みたいなもんになってきた。



2016年9月4日日曜日

9月3日インターン生日報

93
白川村 一般社団法人ホワイエ 
インターン生 何勤

  山本屋での手伝い二日目になり、前日とまだく同じ作業をするので、今日はどんな話を聞こうかな、どんな働きを出したほうがいいなど心配をしながら、道を歩いてた。人の動きを感じるのが好きなので、山本屋に行く経路は旧花植家―国道―荻町地区公園(旧駐車場)-山本屋を選ぶ。山本屋と公園の間に渓流が静かに流れて、複数の魚がのんびりして泳いでたのを見た。その時、子供たちの声を聞こえて、今日の新しい出会いの予感。

 山本屋での手伝い事情;
 基本ホスト:お客さんが来たら、「こんにちは」で挨拶。注文や支払いを受けてから席を案内いたする、そばが出来上がったら運ぶ、お客様が下げたあと片付ける。
 中国人、台湾、香港のお客様が来たら、特別対応を行う。
1)   メニューの説明について、特に日本語を興味がある人に対して、適当な説明を行う。
2)   そばの食べ方の紹介、興味を持ってたものについて説明。
3)   「意外」な(普段、日本人はしない)ニーズについて対応、グラスの保温カープを渡して、「お湯をください」と要求する。そのままグラスにお湯を入れてまたお茶になる。中国人のお客様だと間違いなく。
山本屋のランチセットメニューを翻訳した、もっと注文しやすくように。

ちょっと早いかもしれないが、10時頃店に着いた。二人かわいい子供がいた、宿題をしているねって。簡単な挨拶をして、「日本人ですか?」「日本人みたい」などバンバンで質問がどんどん来て、順番で答えて上げたあと、集中力が宿題に戻った。一人は弟、頭がいいで目が澄んでいる。一人は姉、より静かで弟に優しい。田舎での遊びと自分が遊んだことを話したな。11時になると、営業が始め。二人は映画を見ていた、そのあと遊びに出掛けた。
山本屋での手伝いは、中国人なので。ほぼ中文系観光者を対応する担当、台湾、香港、中国のお客様が来ないと、自分が存在感が薄く感じることになりやすくて、結構ドキドキしていた。店が忙しい時と暇ときはすごく激しくて、山本さんたちと交流しながら、外来、固有観光者たちと話すのもした。そばを運ぶ以外は結構話していた。
二日間とも、三時に閉店して、山本さんといろんな日中農村印象の事情を話した。楽しかった。ぎりぎりスーパが閉店する前出て、夜の食料を用意しに来た。

白川郷では。。。いいえ、いいえ。どこでも、両親がいなくなっていく、自分が子供を育て、自分も去っていく。その上に対して思い、下に対して伝えたいものの中、「帰る場所」がある。自分の経験しか言えないばかりけど、一時帰国するときちょっとお盆の時期だった。おばあちゃんが地家の丘に土葬しているので、父さんが鎌を持って、一緒に挨拶をしにいた。草刈りの手作業をしたかったけど、慣れなくて、痛くてお父さんにせき立てられた。山を下がる途中、父さんが頭を振り返って「ほら、おばあちゃんの反対側で、俺の墓はあそこに決めたぞう。覚えとけ」って、背を私に向いて顔を拭いてた。あそこも私の「帰るべき場所」でもあった。
ですので、何回も「日本で就職したいか」と聞かれても、何回も「日本で働いてみたい」と答えても、その職場は私の帰る場所になれない。そうした中国人たちが毎年のお正月に全国範囲で移動する大混乱を起こし、都市から田舎、田舎から都市。
荻町地区での子供教育、子供たちの遊び、価値観、は山本さんが注目しているところであったかなと思った、この二日間の話によると。子供時代の体験はその人の人生の形を決める、特に「根」(帰る場所)を決めるだろうね。
荻町は特別で、日本一で、建物を維持するため、過疎化を止めるため、どちらても大変な作業だった。頭が痛くらい。その環境の中の営業は、お金を稼ぐより、家族との時間はもっと大切だと主張してた山本さん。

まだ、いろんな話を山本さん聞かれると思うので、二日だけの時間が短くと感じる。けど、いい刺激でもあった。今度のインターンにどんどん期待してきた、明日はどんなステップに入るかな~柴原さんに任せればいい。


二人子供の関係を見て、自分の従妹であるお兄ちゃん、お姉ちゃんとよく似てた。



プレゼントにした、山本屋。

2016年9月3日土曜日

9月2日インターン生日報

92
白川村 一般社団法人ホワイエ 
インターン生 何勤

 インターン四日目に入りました。今日は荻町地区にある山本屋ソバ屋さんのところで世界遺産にある飲食店の商売を体験させていただくことになる。
 
 インターンの時食べたもの
 ぶっかけのおそば・1400

 荻町地区での生活よると、毎日朝九時前民宿のお客様が多い、九時以降いろんな人が出会い橋を渡て村に入る。八時家から出て、ウロウロ村の中で歩いた。道間の水道を望んでみたり、ベンチに座ったり、宣伝の映像を見たりした。十時山本さんに挨拶をして、基本のやり方を教えてもらって、接客を始めた。
 山本さんはここで生まれ、ここで育て、大都会にも行って帰って、普通な日本村落男性だと思いたいが、

「日本に来て、本国にいたとき言われていなかったことは何ですか」

と聞かれた時、ビックリした。昨日、初めて出会ったが。このような質問を聞かれるのを思わなかった。興味深かった。
 僅か四時間のバイトで、ほぼずっと喋っていた。来るの中国、台湾人と、山本さんたち。山本屋は半分ソバ屋半分民宿であることから、なぜ外国の文化やまなざしについて興味をもでいるかまで、様々な話をした。やはり山本さんは変わっている日本人だな(いい意味で)と思った。
 世界遺産である観光地で飲食店を経営の難しいさ;
 ただ食べて戻るのもったいないさ、おもてなしたい気持ち。あしろこしろと思うけど、村の共同意識に強く束縛されている現状。一目に気にするから?文化財である合掌造り家屋を守るため経済てき制限、そして子育て環境の維持、利用することなど。まだ、たくさん考えてやってみる問題、課題を話してみた。自分が方がの長所があまりないかもしれないが、中国人及び中文系のお客について、全力で、自分している限りで話すので、二日間の体験のあとでも話を受けろうと思った。

 今日は、決して全番的な代表じゃなく、経営の個性を持ちたい山本屋で、住民であり、経営者であり視点を接することができ、そのような思いで観光者と接して、観光客のニーズもよく感じることができた、と思う。
 まだ、観光客のニーズを把握することだけじゃなく。面白い山本店長は一体どんなことをしたいかを把握しなければ、自分も力になれないかな、とりあえず明日の接客で、笑顔で、頑張ります。

 みなさん、よろしくお願いします。
話をかけていただいた皆さんにありがとうございます。

 

2016年9月1日木曜日

9月1日インターン生日報

91日日報
白川村 一般社団法人ホワイエ 
インターン生 何勤

 今日も、二つパンを持って、縁側に座って食べると。すごく晴れていると思う、雲がないので。今日の作業はあつくなるようねと思いながら、石の上に座って、柴原さんを待っていた。



インターン内容概要・出来たこと
空き家活用事業(平瀬)準備作業。
 網戸の修理、草刈り、掃除。
 明日の受け入れ先への挨拶。

 白川村では「結(ユイ)」という共同労働がある、「平瀬上村」の「上村」はその共同労働の基本単位である組の名前だった。日本語の角度から見る「地名」、「人名」の間は重なっているところあるので、最初はその制度に気が付かなかった。
 例えば

日本
中国
人名(名字の部分だけ)
岩崎
地名
岩崎
何家村,何家坪
結の名
岩崎
何家村生産
 
 昔は世外桃源(桃源郷)みたいなもんなので、雪よく降る山間部で生活するのは共同や互助が必要になっている。(結・合力 http://shirakawa-go.org/kankou/siru/yomu/1109/
草刈り道具を借りに行くとき、持ち主の娘さんの話を聞くと、「上村」の領域感を十分感じる。「長坂さんはあそこで住むことになったの?ようこそ、上村に」



 今日手伝う行くのは平瀬上村にある空き家の再整備事業。長坂さんの住む家として活用するため、改装する前の準備である。
 日本では、住宅建物をいじるための難しさは「劇的リノベーション改造王」に所属デザインナーたちが詳しいかもしれないが、白川村での空き家を活用するための難しいさ、複雑性について、柴原さんが所属地域協力隊はよくわかると確信した。
 網戸の修理できたあと、親しいお爺ちゃんがやってきて、部件状態を確認しながら話した。長坂さんの不安や緊張感を落とすため来たかなとおもう。休憩に入って、外に出るところ、電力担当のお兄ちゃんが電力の導入工事について話しに来た。車で道の駅に行って、休憩する時も来た。草刈り道具を借りる時も来た、しかも全部車で移動しているみたい。その情報の正確性、移動の早さに感心した。草刈りした後、福田さんも様子を見に来たけど、名前の情報以上何も知っていなかった。あ~、これは当たり前だね。今日、様な人と出会うことができたみたいかな~、充実な一日だった。



 結(ゆい)の言葉に注目してみましょう。
 むすび、つながり、きずな等言葉で表現する、中文では「結」一人の場合はケツの意味だけ示す。「じゃ、白川郷で生きることは決して一人だけできないので。後ろもう一つ漢字をつけましょう」という中国人がいるはず。
 结识(結識)全然知らない人と初めて出会って、名前ぐらいしている。
结交(結交);友たち、仕事仲間、兄弟をできるぐらい接する。
结缘(結縁);日本語から見る仏教の話けど、よく恋の繋ぎを表現する。
※言葉の意味は個人感想、公式ではない。

そして、明日のインターンも楽しんでいる。

白川郷、明日もよろしくお願いします。。